自分で自分のことが分からないという感覚は、誰でも多かれ少なかれ持っているものだと思います。人は不安になると誰かの意見を聞きたくなるものですし、自分とは違う誰かと話すことで漠然と感じていたことをはっきりとした考えとしてまとめることが出来ますのでスピリチュアルカウンセラーや占い師のような“先生”の意見を乞うことも多いものですが、神聖幾何学に自ら向き合うようになりますと、対話する相手は自分自身ということになり、外部に指針となる“先生”を必要としなくなっていきます。
もちろん、他の方の意見が一切必要なくなるということではありません。誰かの意見や考えを聞くことによって見識が広がり持論を変えることはよくあることですし、意見の交換をすることによって考えが深まり、自己の成長へと繋がるのもまた事実です。
それは素晴らしいことです。
とはいえ、自分軸で生き始めますと、外部からの情報を闇雲に取り込むのではなく、精査して、自分にとってそれが必要か否かを自ら判断出来るようになるのです。そのために“先生”は絶対的な権威ではなくなり、自らが自らの先生となることで、自己の可能性を自力で探求していくことが自然と出来るようになります。
羅針盤を持ち、人生行路の行き先を決めるのは自分自身
舵を切るのも自分自身
そのタイミングを決めるのも自分自身
そのような、自分で自分の面倒を見ることが出来るようになるためには、自分をどれだけ知っているか、愛しているか、信じているかが重要となります。
そして自らを愛し信じることが出来るようになるためには、じっくりと静かに自己と向き合い自分軸を確立するための時間がどうしても必要なのです。
自分軸の確立を目指し、更に学びを進めてゼロになる
神聖幾何学瞑想は、権威に頼らない新しいカタチの自己実現法なのです。